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知られざる城跡(後編)
- category : 青梅市
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2008/7/30 水曜日 17:14:18
宮ノ平塁は、近くにある盾の沢城と関連があると言われており、
小高い丘の上にあります。階段を登って境内を見渡しても
これといった遺構は見当たりませんが、ぐるりと境内を囲むように
低く土が盛られており、敵を防御する土塁の名残に見えなくもありません。
その低さから神社の土塁とも考えられますが、街道との7、8メートルの
比高差を考慮にいれると城を構えるには最適な土地だと推察できます。
また、神社のすぐ横を流れる小さい沢が水堀の跡では? などと
想像してみると納得がいく気がします。
※土塁…土を盛り上げて敵の侵入を防ぐための防御壁のようなもの
※水掘…堀には空堀と水堀があり、堀に水を入れ敵の侵入を阻むのが水堀。
堀を掘った際に出た土を土塁に使用していた。
こうした歴史的背景を踏まえて訪れると、また散策の楽しみにも
深みが増すのではないでしょうか。
神社の賽銭箱の横には、月毎にさまざまな偉人の句が置かれています。
私がいただいたのは3月のもので、勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と
称される山岡鉄舟が剣の道を極めたときに詠んだものでした。
「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山、もとの姿は変わらざりけり」
実にいい言葉ですね。裏にはちゃんと解説もついていました。
山岡鉄舟もまた青梅にゆかりがあり、吉野街道沿いにある石挽きソバ屋「並木」さん
(青梅市和田町)の看板の字を書いた人物でもあります。
まさに文武両道。
神社の裏手には、あじさいが丁寧に植えられ、手入れが行き届いており、
毎年、梅雨には色とりどりの涼しげな花が私たちの目を楽しませてくれます。
また隣の保育園の前には土俵があり、毎年9月には
ちびっ子相撲がとり行われているそうです。
この土地もまた塁跡の推定地と言われています。
普段は閑静なこの神社も大晦日や元旦、9月の例大祭には、
夜店や催しものなどが開催され、地域の人を筆頭に、にぎわいます。
他にも青梅街道沿いには、住吉神社、稲葉家住宅、森下陣屋などといった歴史的史跡、
旧跡もあり、歴史散歩が楽しめます。
このように青梅は、梅とレトロな宿場町というだけでなく、古き良き歴史の街でもあるのです。
さらに寺から奥多摩方面に向かえば、二俣尾の海禅寺など、三田氏ゆかりの史跡、
旧跡がありますが、それはまた次の機会に。
参考文献(前編・後編)
幡晋・著「多摩の古城址」
東京都神社庁発行「生命の言葉」
慶友社刊 「武蔵名勝図会」




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